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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)885号 判決

控訴人 三澤政明

右訴訟代理人弁護士 坂東規子

被控訴人 安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 宮武康夫

右訴訟代理人弁護士 中村光彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。(主位的請求として)被控訴人は控訴人に対し金五五八万円及びこれに対する昭和五六年五月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。(予備的請求として)被控訴人は控訴人に対し金五五八万円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次に付加、訂正するほかは、原判決事実摘示中「第二 当事者の主張」のとおりであり、証拠関係は記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

(一)  原判決六枚目裏九行目の次に、次のとおり付加する。

「仮に右主張が認められないとしても、本件保険契約締結当時控訴人は病床にあり、控訴人方には当時他に本件自動車を運転できる者がおらず、そのため契約締結の翌月の五月以降息子の三澤一雄が自動車教習所に通い、一一月二二日に運転免許を取得し、以後は専ら同人が本件自動車を運転するようになったものであるから、同日以降前記特約条項付の保険契約では契約締結の目的を果たせない状況となったところ、もし右契約締結に際し訴外直四郎が右特約条項の内容について実質的な告知をしていれば、控訴人は被控訴人に対し遅くとも右一一月二二日までに右特約の解約を申し込み、保険契約の内容を変更したであろうことは、疑いがない。しかるに、訴外直四郎が告知義務に違反した結果、控訴人は右契約変更の申込みをすることができず、自己の利益に適った保険契約に契約内容を変更しうる法的利益を侵害された。」

(二)  同七枚目表五行目に「損害項目分の一部だけ」とあるのを「ことによる損害のみの賠償」と改める。

(三)  同七枚目裏九行目に「第五項」とあるのを「第5項」と改める。

(四)  同八枚目表四行目の「第3項の事実」の次に「(控訴審で付加された部分を含む。)」を加え、右四行目の次に、次のとおり付加する。

「本件の二六歳未満不担保特約については、後記のように訴外直四郎によって告知されているのみならず、自動車保険証券(甲第四号証)及び同証券付属の自動車保険ご契約カード(乙第八号証参照)によっても控訴人は容易に知りえたものである。したがって、控訴人はいつでも本件保険契約の内容を変更することができたのであり、もし右特約を忘れていたとすればそれは控訴人の不注意であって、責任を他に転嫁することは許されない。」

理由

一、主位的請求について

当裁判所も、控訴人の本訴主位的請求は理由がなく、棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正又は削除するほかは、原判決が理由中「一 主位的請求について」の項(原判決一二枚目表二行目から二〇枚目裏七行目まで)で説示するところと同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決一二枚目表八行目の「甲第二号証、」の次に「成立に争いのない同第四号証、」を加える。

(二)  同一三枚目表一〇、一一行目に「賠償義務と填補を含む」とあるのを「賠償義務の確認とその履行に関する」と改める。

(三)  同裏四行目の「次に、」から六行目の「主張するので」までを、「次に、三澤一雄が本件交通事故当時満二〇歳であったことは当事者間に争いがないところ、被控訴人は、本件保険契約につき「運転者年齢二六歳未満不担保」の特約があったと主張するので」と改める。

(四)  同一四枚目表二行目の「例えば、」の次に「本件において問題となっているような」を加え、同二、三行目の「縮少」を「縮小」と、同六行目の「告知されたこと」を「特に告知されたかどうか」と、それぞれ改める。

(五)  同八行目の「消費者が、」から同丁裏七行目までを「保険契約者が、右特約条項に気づかずに申込書に押印するような事態が生じないことを保し難いからである。」と改め、同八行目の「(二)」を削除する。

(六)  同一四枚目裏一〇行目の冒頭から「同第四号証」までを「前掲甲第四号証、成立に争いのない甲第三号証」と、同一五枚目表二行目の「同第七号証、同第九号証」を「同第七ないし第九号証」とそれぞれ改め、同七行目に「(但し、後記措信しない部分を除く。)」とあるのを削除する。

(七)  同一七枚目表八行目の「損害保険代理店」の次に「を経営している訴外森田和」を、同一〇行目の「昭和四七年ころ」の次に「前記①の」をそれぞれ加える。

(八)  同裏二行目の「合意」を「同意」と、同四行目の「右特約に」から五行目までを「この点について前回どおりの内容の契約を締結することに同意し、右特約条項を記載した保険申込書に押印して来た。」と、それぞれ改める。

(九)  同一八枚目表四、五行目に「意思を確認すること、及び」とあるのを「意思の確認を求め、かつ、」と、同六行目の「依頼し」を「依頼したが」と、それぞれ改める。

(一〇)  同裏九行目の「『自動車保険証券』と」の次に「別に右保険証券に付属し、運転者の年齢条件も明記してある「自動車保険ご契約カード」及び右保険証券に適用される特約条項を指摘し、かつその内容について説明してある」を加える。

(一一)  同一九枚目裏末行に「時計宝飾眼鏡組合」とあるのを「時計宝飾眼鏡小売商業協同組合」と改める。

(一二)  同二〇枚目表二行目の「原告の」から四行目までを次のとおり改める。

「本件保険契約締結当時控訴人の健康状況、その家庭内の事情、本件自動車を将来誰が運転するかなどについて明確な認識を有していたわけではなかった。」

(一三)  同五行目の「原告は」から同裏二行目の終りまでを「控訴人又はその代理人である三澤秋子は、」と改める。

二、予備的請求について

控訴人は、被控訴人の損害保険代理店の使用人である訴外直四郎が、本件保険契約の締結に先立ち、控訴人に対し「運転者年齢二六歳未満不担保」の特約を告知すべき義務があるのに、これを怠り、このために控訴人は自己の利益に適合する保険契約を締結すること又は締結した保険契約の内容を事後に自己の利益に適合するものに変更することができなかった旨主張する。

そこで訴外直四郎につき右特約の告知義務違反があるかどうかについて次に検討を加える。

(一)  保険募集取締法一六条一項一号が代理店等保険を募集する者に対し保険契約の契約条項のうち重要な事項を告知すべき義務を課するゆえんは、主として、保険契約者の利益の保護にあるものと解される。このような立法の趣旨からすると、本件のように保険期間が一年間である保険契約を毎年更新する場合にも、保険募集を行なう者は原則としてその都度重要事項の告知を保険契約者(となるべき保険申込者)に対してなすべきであり、かつ、その告知は、相手方が実際にそれによって当該事項の内容を改めて認識することができるような態様で行なわれなければならないものと解される。しかし、その方法としては、文書と口頭とではそれぞれ長短所があるので、専らそのいずれかによるべきものとはいえず、また、必ずしも両者を併用しなければならないものということもできない。

(二)  運転者年齢二六歳未満不担保の特約は、保険契約の内容として担保範囲を著しく縮小させるものであるから、契約の重要事項にあたり、保険募集を行なう者は募集につきこれを告知しなければならない。

(三)  前記認定の事実によれば、訴外直四郎は本件保険契約につき保険募集の段階において二六歳未満不担保の特約が付されることの記載がある「自動車保険ご継続のご案内」と題されたはがきを控訴人に送付し、次いで電話で「前年通りでいいですか、変ったことはありませんか。」と保険契約の内容全般にわたり確認を行なった後、右特約の明記された「自動車保険更改申込書」を控訴人の閲覧に供し最終的な契約内容の確認を促すなどの手続をとっている。右口頭でなされたような保険契約の内容に関する抽象的、一般的な言及は、前に送付されたはがきないしは後で渡された申込書と一体となって始めて特約に関する告知としての意味をもちうるにすぎないというべきであるから、右各文書による告知の明確性、実質性がさらに究明される必要があるところ、前掲乙第七号証と原審証人加仁政之の証言及び弁論の全趣旨によれば、右はがきの下方の「おすすめの保険料は次の条件で計算しています。」という欄の中の年齢条件欄には「26歳未満不担保」と記載があってその下にタイプにより当該条件によることを示す○印が打刻されていたと認められ、この記載によれば、特約の内容は分り易く、文字等も単純明確であって、不明瞭な点はなく、なんらかの誤解を与える危険もない。また、前掲乙第五号証の一によれば、右自動車保険更改申込書には中央に近い部分に「特約」欄があり、「26歳以上担保」の文章の箇所に右同様のタイプによる○印が打刻されてあることが認められ、この記載も同様に単純明確であって、書面全体の様式から見ても誤解を与える虞れはない。したがって、文書による右特約の告知は実質的にみても正当な表現、方法によってなされているものと認められる(なお、前掲甲第四号証、乙第八号証によれば、被控訴人が控訴人に送付した保険証券及び自動車保険ご契約カードにはそれぞれ運転者の年齢条件の記載があることが認められ、また、前掲乙第九号証及び原審証人森田直四郎の証言によれば、右保険証券と共に送付された「自家用自動車保険普通保険約款および特約条項」と題する小冊子には、右二六歳未満不担保の特約につき大きな文字と見易い文章による説明と注意書きが印刷されていること(同冊子一頁)が認められる。これらは、契約締結後の送付文書であるから、契約締結に対する関係では告知義務の履行としての意味をもつものということはできないが、控訴人主張の契約変更に関する法的利益に対する関係では告知義務の履行たる意味を有するものということができる。)。

(四)  右のような本件保険契約締結の前後の経緯と、前記のように右契約締結当時訴外直四郎が本件自動車を将来運転する者が控訴人でなく三澤一雄であるとの明確な認識を有しなかった事実とに照らすと、訴外直四郎が前記特約につき更に口頭で具体的に告知しなくても、同人に告知義務違反があったということはできない。したがって、右義務違反のあることを前提とする本訴予備的請求も理由がない。

三、以上によれば、控訴人の本訴各請求はいずれも理由がなく、これらを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 下郡山信夫 加茂紀久男)

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